天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

短編小説

不死鳥は哀しく啼く

私には、これといった個性なんて無い。勉強も運動も頑張れば足を引っ張らない程度に出来るけど、活躍する程じゃない。そして頑張ることは嫌いだけど、悪目立ちはしたくないから涙を飲んで頑張らざるを得ない。表面的にはそこそこの友達がいるけど、心の底か…

ホワイト・バースデー

記録的な大雪が日本中で降った、今年の冬。それももう過去の話。今は春だ。 そう、季節は春だ。だけど私に春が訪れるなんて期待していない。あの鈍感太一のことだから、きっと無難なクッキーあたりを、いつもの余裕な表情で渡してくるのだろう。 あいつとは…

バレンタイン・バースデー

漂う甘い匂い。そわそわする男子。そう、今日は世間でいうバレンタインデーだ。 とはいえ俺は、他の男みたく女の子からチョコを貰えるんじゃないかなんて淡い期待はしていない。所詮バレンタインなんてチョコ会社の陰謀。それに最近は女の子どうしでチョコを…

噞喁(げんぎょう)の恋詩(うた)

「噞喁って知ってるか?」 隣で色鮮やかなカクテルをチビチビと呑んでいる友人に問いかけると、彼女は小さく首を傾げた。「げんぎょう? 知らないよー。相変わらず、シュン君は難しい言葉好きだねえ。どういう意味なの?」 そう言って口を尖らせる素振りはあの…

お菓子と悪戯とパンツと私

「トリックオアトリート!」 放課後の夕日が差し込む教室に私の声が響く。今ここには私と目の前にいる少女の二人しかいない。 今日は十月三十一日。ハロウィンだ。ハロウィンといったら悪戯だ。悪戯といったら――。「さあ愛依、諦めてパンツを見せるんだ」 壁…

孤島の伝聞

海の果ての果てに、一つの大きな島がある。そこでは我々の世界からの干渉が一切無い、独自の世界が存在していると言い伝えられている。 ある人は「一面穀物が耕されている、農業が盛んな島だ」と言い、またある人は「険しい山脈が連なり、山の裾には広大な草…

瀑布

僕は山歩きが趣味だ。虫や鳥の鳴き声が奏でる自然の交響曲を聴きながら、一人黙々と歩く。これこそ都市化の進んだ日本における、貴重で贅沢な時間だと思っている。だから大概、富士山や高尾山のような有名どころの山よりも、地域の自然歩道のような地元の人…

最果ての地にて

30XX年某月某日。温暖化、寒冷化、砂漠化、隕石落下、核戦争。幾度となく訪れた地球滅亡の危機を、人類は奇跡的に生き延びた。最盛期と比べると一握りの、全世界で一万人程度。大幅に人口を減らしたのと引き換えに、生き残った人々は二千年代とは比較になら…

ことだま

「言霊って知ってる?」 僕の枕元に立った幼馴染みの少女は、突然そう訊いた。「人間が紡ぐ言葉の一つ一つには、魂がこもっているという、日本人に古くからある考え方。だよな?」 彼女は、黙って首を縦に振った。「言霊の力は、確かに存在するの。そしてそ…

理想の死に方

「いつかさ、何十年か先、死ぬ時が来るじゃない。あなたは、どういう風に死にたいとか、考えたことある?」 まだ夫と結婚していなかった頃、何を思ったのか、ふとそんなことを訊いたことがあった。「そうだな……あまり考えたことないけど、愛する家族に見守ら…

俺の神様

どす黒い荒波がコンクリート製の堤防にぶつかり爆ぜる。夜空は雲に覆い隠され、照明らしい照明もないこの場所では僅かに見え隠れする三日月が唯一の明かりだ。 こんなところに来る人なんていない。特に景観が良いわけでもなく(むしろ悪いくらいだ)、下手する…

カタストロフィな恋

隣県で一人暮らしをしているお姉ちゃんからメールが来た。私からはよくメールするんだけど、お姉ちゃんからなんて珍しい。しかも、件名が『お願いがあるの』ときた。お姉ちゃんが私に頼みごとをするなんて、一緒の家に住んでいた頃から一度だってなかった。…

最初で最後の口づけ

「私ね、彼氏できたの!」 見るからに幸せそうな笑顔で、石田陽美が身を乗り出してくる。鼻先が当たりそうなほどの距離だ。嘘をつけない陽美の屈託ない様子も、近すぎるほどのこの距離感も、いつも通りだ。いつもならそれが当然で心暖まるんだけど、今日は正…

籠の中の鳥

籠の中の鳥は、それはそれはもう可愛い。自分にだけ心を開いてくれているとなれば、尚更だ。でも、俺が見たいのは、籠から解き放たれて、自分の翼で羽ばたく鳥だ。たとえ自分に見向きもしなくなったとしても、だ。 *** 窓を開けると、隣家のベランダとは…

落ちてきて、落ちた

いつもと変わらない朝。そのはずだった。目の前を歩いていた女の子が足を滑らせ、落ちてくるまでは――。 『Th12の完全型脊髄損傷』 ベッド脇に立った初老の医師は、重々しくそう告げた。さらに彼は、銀縁の眼鏡を指先で押し上げながら続けた。 「残念ながらも…

Stellar Love

昔々、天の川のそばには天の神様が住んでいました。その娘は、機を織って神様たちの服を作る仕事をしていたため、織姫と呼ばれていました。やがて織姫は、天の川の岸で天の牛を飼っている、彦星という若者と恋をし、結婚しました。二人はとても仲がよかった…

Trick and Trick

この時期になると、決まって台所からは甘い匂いが漂ってくる。せわしなく動き回る亜美。俺が彼女と結婚したのは三年前になる。 思えば付き合い始めてからずっと、彼女はこの習慣を続けてきた。毎年作られる和洋様々なお菓子。だがそれは全て俺以外のやつに渡…

蛍光灯

私は、お世辞でもいい女だとは思えない。私のことをいい女だと称するのは、所詮身体目当ての軽い男だけだ。かくいう私も、人のことなどいえないほど軽い。軽くて、安い。身体の交わりが愛情ありきだなんて思ってた純粋な私は、遥か昔に置いてきてしまった。 …

味のないチョコレート

三十路が目前に迫っているが、妻なし彼女なしの男がいた。それが俺だ。同じく三十路が目前に迫っているが、夫なし彼氏なしの女がいた。それが今俺にチョコレートを渡している、目の前の女だ。コイツとは高校大学と同じで、住んでる場所も近くて未だ交流があ…

恋は実力行使で掴むもの

床を踏み鳴らす音に、気迫のこもった掛け声。そして竹刀と竹刀のぶつかる音に混じって時々聞こえる、面布を捉えた際の爆ぜるような気持ちいい音。中学から剣道を始めて六年目になる俺。剣道の何が好きかと訊かれたら、こういった独特の音だと答えるだろう。…

一年に一度、もう一人の愛しい人

俺の妻は、酒を呑まない。 その理由というのはごく単純なもので、極端にアルコールに弱い体質なのだ。二十歳の誕生日に酎ハイの缶を半分も空けないうちに記憶がなくなるというにわかに信じがたい体験をして以来、お酒は呑まないと心に決めたという。そこまで…

小さなレストランの一人娘とバイトの俺

冬になると雪こそ滅多に降らないものの、暴風警報が出てるんじゃないかと思うほど強烈な北風が吹き付ける。田んぼか、大きくて二階建て程度の一軒家くらいしかないこの地域では、勢いを殺されることのない突風が容赦なく襲う。その風故、平均気温でいえば日…

指輪と男

今日は部活が長引いてしまったので、もう夜の八時を回ってしまった。夏の終わりにもなれば八時過ぎはもう真っ暗だ。普段通い慣れた道でも少々不気味なので、俺は自然と早足になっていた。 「あの……」 急に声をかけられて、ビックリして叫び出す所だった。落…