天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

理想の死に方

「いつかさ、何十年か先、死ぬ時が来るじゃない。あなたは、どういう風に死にたいとか、考えたことある?」

 まだ夫と結婚していなかった頃、何を思ったのか、ふとそんなことを訊いたことがあった。
「そうだな……あまり考えたことないけど、愛する家族に見守られながら、眠るように死にたいかな」
 唐突過ぎる問いかけに彼は、顎に手を当てて考え込みながら、ゆっくりとそう言った。その後ニヤリと笑って「俺としては、それが君だったら嬉しいな」などと言ってからかうものだから、その話はうやむやになり、記憶の彼方に仕舞い込まれてしまっていた。ついさっきまでは。

 あの時は言えなかったけど、私も同じことを思っていたんだよ。愛する家族……あなたに見守られながら、ゆっくりと、眠るように死にたい――なんてね。恥ずかしがり屋の私は、あなたみたいにサラリと臭いことが言えないから、ただ照れて困ったように笑うしかできなかった。もっと、もっと、言いたいことを言えばよかった。伝えたい気持ち、全て伝えていればよかった。身体の感覚がなくなって指先一ミリさえ動かないのに、頭だけは不思議と覚醒している。ああ、死ぬ間際とは、こういうものなんだな。

「おい、今すごい音がしたけど……っておい! 大丈夫なのか!?」
 気のせいかな。もう視覚も聴覚もほとんど消えているというのに、家から飛び出してくるあなたがはっきりとわかる。理想の死に方じゃないけど、最期にあなたと一緒にいられてよかった。でも、ごめんね。少し早いけど、何十年か先あなたが来るのを待ってるから。だから、しばらくお別れだよ――。
 私、笑えていたかな。それとも、泣いちゃったのかな。その答えは、私にはわからない。