天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

バレンタイン・バースデー

 漂う甘い匂い。そわそわする男子。そう、今日は世間でいうバレンタインデーだ。
 とはいえ俺は、他の男みたく女の子からチョコを貰えるんじゃないかなんて淡い期待はしていない。所詮バレンタインなんてチョコ会社の陰謀。それに最近は女の子どうしでチョコを渡し合う友チョコなるものが流行りだそうじゃあないか。今日のチョコの気配だって、どうせその友チョコやらなのだろう。だから、期待するだけ無駄なのだ。
 そんなことより、今日は俺にとって大事な日だ。俺にとって、一年に一度の。
 二月十四日。十八年前、俺という生命がこの世にお披露目された日。つまり今日は、俺の誕生日なのだ。
 まあだから何って言われても、別に何もないのだが。男友達は他人の誕生日など気にしないがさつな奴ばかりだし、女友達は皆チョコに夢中だし。いや高三になって今更誕生日プレゼントがどうのこうのなんて考えてませんよ? ホントですよ?
 ーー
 あーもうチョコだろうが誕プレでも何でもいいから、誰かくれないかなー……何てね。
 そんな都合のいいことが起きないことは、俺の十七回の誕生日が立証してくれている。全く残念なことだが。そんなこと起こるわけーー

 


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「太一。これ……」
「何だ結衣? ……それって!?」
 ショートカットがよく似合うクラスメイトの手には、甘い匂い漂う小さな包みが握られていた。
「誕生日プレゼント! 太一今日誕生日でしょ」
「あぁ、ありがと。ってこれ誕プレ? チョコにしか見えないんだけど」
「うんだから誕プレでチョコレート。私の手作りなんだから、ありがたく受け取っときなさい」
 へえ、結衣がチョコをねえ。こう言っちゃなんだが、お世辞にも手料理が出来るイメージじゃないんだよな。三年間同じクラスだったけど、あいつが男子はおろか女子にさえチョコを渡してるとこ見たことないし。今日だってそんな気配は微塵(みじん)も……ん? ちょっと待てよ。
「お前、そのチョコ……」
「へっ!? ななな何?」
 何だ? 何をそんなに慌ててるんだ? もしかして本当に俺が睨(にら)んだとおりーー
「そのチョコ、食えるんだろうな?」
「え……た、食べれるよぉ! いや、正直自信はないんだけど。でも頑張って作ったんだからね! ちゃんと来月お返ししてよねっ」
 結衣が顔を真っ赤にしながら、上目遣いで俺を見上げる。普段見ないような彼女の表情を見て、俺の心臓が激しく鼓動した。
「いやいやいや、お返しってこれ誕プレだろ? 何でホワイトデーに返さなきゃいけないんだよ。第一学校だってやってないだろ?」
「誕生日」
「は?」
「私誕生日が三月十四日なの。だからとびっきりのホワイトデー期待してるから」
 そう言って可愛らしく片目をつぶってみせる。これまた普段の結衣なら絶対しないような仕草。だが思いの外不自然でなく、というかむちゃくちゃ可愛かった。
「いやだから学校が……」
「別に呼び出してくれればいいじゃん。私の連絡先知ってるでしょ」
「ま、まぁな」
「じゃあそういうことでヨロシク。じゃあねっ」
「あぁ、じゃあな」
 結衣は慌ただしくマフラーを巻きながらいつものように、いやいつも以上に落ち着かない手つきでドアを開けて、そのまま走っていってしまった。
「何だったんだ、あいつ?」

 俺は家に帰ると真っ先に部屋に飛び込み、いつも通り鞄を放り投げそうになってすんでのところで止めた。危ない危ない。
 丁寧に鞄を開けると、そっと結衣から貰ったチョコを取り出した。袋の紐をほどくと、甘い香りが部屋中に充満した。そのまま袋を逆さにし、中身を手のひらに出した。
「う、うん。まあそうだろうな」
 ついに姿を表した結衣のチョコレート。売り物と見間違えるほどの綺麗な出来で、とはやはりならない。四角いのか丸いのかよくわからないが、とにかく小さなチョコの塊が五つあった。
 俺は恐る恐るその中の一つを口に入れた。ある程度覚悟していたが、そんなことは必要なかった。見た目のずさんさに反して、結衣のチョコレートはとても美味しかった。それこそそんじょそこらの売り物よりも。
 二つ三つと口に入れるとそのたびにチョコレートの甘さが、香ばしさが口の中に……いや身体中に広がった。
 結衣のチョコを身体中で感じていると、ふと先程の結衣を思い出した。

 結衣とは高校に入学してすぐ出会って、ずっとクラスが一緒で気が合うのもあって、思えばかなり彼女と仲がよかった気がする。多分同じ高校の女子の中で一番親しかっただろう。
 だがさっきみたいに慌てたり、顔を赤らめたり、見つめたり、とにかく女の子らしい行動は見たことがなかった。結衣は、顔はパーツパーツがはっきりしていて標準より美人の部類に入るのだが、性格や素振りに女らしさが微塵もなく、何となく女として見たことがなかった。意識したことがなかった。なかったのだ。ついさっきまでは。
 って何を考えてるんだ俺は。俺が何て思おうと、結衣がそんな気持ち抱いてくれるわけないじゃないか。
 苦笑しながら、最後の五つめのチョコレートを掴み上げた。
「ん? これって……まさかな」
 うん気のせいだ。きっと俺の願望がそういう風に見させたんだろう。
 だって、結衣が俺にハート型のチョコなんて渡すわけないもんな。

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 時同じくして、帰宅して自分の部屋に入った結衣は、激しく鳴る心臓を押さえながら、へたりと座り込んだ。
「はぁ……いくら鈍感な太一とはいえ、流石に気づいちゃったかな? 私の気持ちに」