天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

一年に一度、もう一人の愛しい人

 俺の妻は、酒を呑まない。
 その理由というのはごく単純なもので、極端にアルコールに弱い体質なのだ。二十歳の誕生日に酎ハイの缶を半分も空けないうちに記憶がなくなるというにわかに信じがたい体験をして以来、お酒は呑まないと心に決めたという。そこまで弱いとなると気軽に勧められないというか外では呑まないで欲しいくらいなのだが、お酒が大好きな俺としては、一緒に呑めないというのはなかなか寂しいのである。

 しかし、物事には常に例外があるように、妻にも例外がある。それが年に一度の今日、クリスマスだ。というのも、俺は自分の感情を隠せない質なので、その寂しさが顔に出てしまう。それを察した妻が、まだ妻ではなく彼女だった頃のクリスマスに、俺と二人きり、どちらかの家で、そして絶対に幻滅しないでという条件でも良いのならと誘ってきた。それ以来、毎年この日には二人でグラスを合わせるのが習慣になった。
 

「かんぱーい」
 今年のお酒は、どちらかといえばお酒というよりジュースに近いような、ささやかなアルコールしか含まないぶどう酒だ。一息で呑み干す俺を他所に、妻は一口一口チビチビと舐めるように呑む。精一杯酔わないように努力しているのだろう。しかし、今までその健気な努力が実を結んだことはない。

「んー美味しい。でも、なんかフラフラしたきたよお」
 既に妻の顔は赤く、普段キリッと引き締まっている顔もすっかり緩んでしまっている。こんな顔、不意打ちでキスした時くらいしか見れないから、相当レアである。
「毎度のことながら早いな。これでも相当度数低いんだけどな」
「これで? じゃあ普段貴方が呑んでるやつなんて、一発でノックアウトだねえ」

 俺が普段呑んでいるもの、か。気分によって様々だが、アルコール度数四十パーセント超えのウィスキーなど、匂いだけで倒れそうだな。それが怖くて、妻の前で呑んだことはないのだけど。

「しかし、そろそろ限界なんじゃないか? 無理しないで寝ていいからな」
 見るからに瞼が重そうで、普段なかなか甘えてこない妻が、体重を全て俺の肩に預けている。
「うー……眠い。けど貴方と過ごすクリスマスがこれで終わりって、寂しいじゃない」
「そう言って毎年寝てるんだけどな」

 妻は寝まいとしているようだけれど、この様子だと一分ももたないだろう。今年も、和やかなクリスマスは終わりだな。そしてーー。


「あなたっ! 私とちゅーしなさい!」
 酔い潰れた妻との、激しいクリスマスの始まりだ。普段滅多なことでは自分から何かしてこない妻に強引に迫られるというものはなかなかクルものがあって、毎年この瞬間が至福なのである。
 しかしそのことは、明日起きたら何一つ覚えていない妻には内緒である。