『エンキョリ片想い』第3話 海の発見
四月になり、僕はついに高校三年。受験生。
まだ浮わついた奴も多いが、一部の先を見据えた人たちはもう引き締まった顔をしている。まあそんな真面目な奴等の大半は、三年になる前から引き締まった顔をしているものだが。僕はどうなのだろう? ちゃんと引き締まった顔をしているだろうか?
まあ勿論勉強は大事だが、高校生活それだけじゃ済まされない。というのも、今日は今年度最初の委員会だ。今年も図書委員。今年も、というのは実は三年連続図書委員なのだ。何で図書委員に入り続けてるかって、そりゃあ自分の当番の日に本来の規則以上沢山の本を一気に借りられるから、なんてことはないですよ?
……とまあ、こんな僕だから誰よりも経験豊富なのに委員長やら副委員長やらといった面倒くさい役職には一切立候補しない。そういうのはやる気のある人たちがやっとけばいいと思うのです。はい。
「あ、あの柴崎君。これから一年間よろしくね」
「ああ。えっと、吉川さん」
隣に座る吉川海未(よしかわうみ)は、僕と同じクラスの図書委員。三年に入って初めて出会った子なので、当然図書委員も初めてだろう。
結局委員長や副委員長はよく顔も知らない同級生に決まり、この日のもう一つ決めなくてはいけないこと。すなわち誰がいつ当番になるか、の話し合いへと移った。
話し合いとはいっても、三年から順に入りたいところに入るだけなので、何か不都合が起きない限りは基本即決である。
「柴崎君。私たちはどこに入ろっか?」
「そうだなあ。業後に入れちゃうと部活に支障が出るけど、吉川さんは何か部活やってる?」
「いえ、私は何も。柴崎君は?」
「俺も何も。じゃあ業後に入ろっか。あとは曜日だけど、吉川さんどこか不都合な曜日ある?」
「いえ、特には」
「そっか。じゃあまあ適当に」
そんなこんなで、僕と吉川海未の当番は月曜の業後に決まった。
委員会が終わると、皆散り散りになった。大半の奴は各々の部活動だろう。そしてその大半に入らない僕と吉川さんは、一緒に帰ることになった。
聞くと吉川さんは僕と同じ電車通学らしく、方面も一緒だそうだ。四駅ほど離れてはいるが。
電車に乗ると、中途半端な時間の為か、ほとんど人がいなかった。
「もしかして僕らって、今まで同じ電車に乗り合わせたりとかしてたかもね」
まあ僕は毎日壁にもたれて寝ているので、そうだとしても気づくことはないのだが。
「ええ。柴崎君のこと、何度か見たことありますよ」
「やっぱり? 僕は……ごめん、吉川さんのこと知らないわ」
「ですよね。柴崎君、毎日寝てるから」
「あはは」
僕らの使う電車は各駅停車のため、降りる人がいなくても必ず一つ一つの駅に止まり、ドアを開く。最近はボタンを押さないと開かないタイプのドアも増えてきたが、今日乗ったのはそのボタンがないタイプだった。僕らはドアの近くに座ってしまったので、まだ肌寒い風が毎度吹き付ける。
それだからだろうか。席にはゆとりがあるのに、吉川さんとは髪の一本一本がはっきりと見えるほど近かった。
吉川さんの髪って、細くて、艶やかで、なんか……
「似てるよな」
「ん、何?」
「いや、何でもない」
「ふふっ、おかしな柴崎君」
今の口調。今の笑顔。似てるのは髪だけじゃない。吉川海未の全体の雰囲気が、遠山雪季(とおやまゆき)にそっくりなのだ。
「柴崎君顔赤いよ。風邪?」
「えっ!? いやこれは、その……」
というか吉川さんが雪季に似てるからって、何で顔が赤くなるんだ。たった一日一緒に居ただけの、従妹の友達相手に。
「うーん、熱は無さそうだね」
「……いやあの、何してんの?」
「何って、熱を計ったんだけど。いけなかったかな?」
いけなくはないけどさ、女の子におでこくっつけられたりしたら逆に熱出ちゃうと思うよ!
「あっ私この駅だから、柴崎君お大事にね」
「いや、だから風邪じゃねえって」
「ふふふ。じゃーねっ」
気がつくと吉川さんはホームから姿を消していた。それこそ海で踊る波のように、颯爽(さっそう)と。
「何だったんだよ。あいつは」
でも不思議と、悪い気はしなかった。雪季と喋ってるような気分になれて。