天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

『エンキョリ片想い』最終話 僕の隣には

 
『返事は柴崎君の気持ちが固まってからでいい』

 そう一言だけ書かれたメールが届いたのに気付いたのは、家に帰ってからだった。

「僕の気持ち、ねえ……」

 吉川さんに指摘されたとき、僕が雪季のことを想っていると確信した。だがそれは、その吉川さんによる一撃で揺れた。ぐらぐらと、確実に揺れた。

 所詮僕の雪季を想う気持ちの強さは、その程度だったということか。今日の今日まで自覚してなかったくらいだし、そういうことなのか。

 いや、違うだろう。吉川さんも言ってたではないか。その程度ならば、半年前に一度会っただけの人を、今の今まで忘れられないわけがない。僕にとって雪季とは、それほどの存在なのだ。

 それでもなお揺れたということは、それだけ吉川さんが占める割合も多いということだ。全く僕というのは、どれだけ自分の気持ちに鈍感なんだろうか。

「そうだな。気持ち、固めないとな」

 僕は貯金を収めてある財布を開き、残金を確認した。


 ーー


 週末とはいえ、混みあって座れないなんてことはない。この夏休み前の、観光客もほとんどいないようなシーズンに。

 窓の外に見える景色は、半年前と同じでありながら違う。白銀の大地だったところは緑の野原になり、あのときはよく見えなかった川は、僕の地元では決して見れないせせらぎを描いている。

 でも何よりも違うのは、雪の有無よりも僕の気持ちだろう。あの時はまさか雪季に出逢うとは思っていなかったし、こんなにも彼女に心を奪われるだなんて露にも思わなかった。

 雪季の有無が、ここまで僕を変えるなんて、予想だにしていなかった。

 だがその雪季には、もう決着をつけなければならない。叶わない恋をして満足するのは、ただの逃げだ。自分の気持ちから。吉川さんの気持ちから。

 そう改めて決意したのと同時に、特急列車ワイドビュー飛騨が高山駅のホームに滑り込んだ。

 

「は? 健斗今高山におる!? そりゃまた何があったってゆーの?」

 お節介でうるさい従妹に電話をかけると、案の定激しく問いただされた。

「とにかくそれは会ってから話すから、今から家に行っていいか?」

「それは別にええけど。迎えとかは行かんでもええの?」

 この間の真冬で雪の激しかった日にはそんなこと一言も言わなかった美緒が迎えに行こうかなんて言っている辺り、彼女なりに心配してくれているのだろう。

「別にいいよ。じゃあまた後でな」

 電話を切ると、何となく覚えのある道を、以前と同じように進んだ。

「迷惑かけちまったな、美緒にも」

 

 迎えはいらないと言っていたのに、美緒は家の前の公園でブランコに揺られていた。

「何やってんだ? そんなところで」

 美緒は黙ったまま、小さく揺れた。全く動く気配がないので、僕は隣のブランコに座った。

「なあ美緒……」

「雪季ちゃんならいないよ」

「はっ?」

 何で雪季の話だと分かって……というかいないって!?

「雪季なら、東京の高校に行っちゃったよ。だからもう、高山にはいない」

「ちょっと待てよ! どうせいつもの……」

 冗談だろ、とは続けられなかった。美緒の眼からとめどなく水滴が零れ落ちていたから。滅多なことでは美緒が泣かないということを、僕は知っていたから。信じるしかなかった。事実を、受け入れるしかなかった。

「で、でも携帯のアドレスとかは知ってるだろ? 離れてたっていつでも連絡とか出来る……」

「知らんよ。雪季ちゃん、携帯持っとらんから」

「なっ!? ……マジか」

 美緒は黙って俯いた。これ以上問い詰める気になれなかった僕は、黙ってブランコを漕いだ。


「健斗はさあ、やっぱ雪季んこと好きやったの?」

 好きだった。きっと僕は、雪季のことが好きだった。でも今は? 雪季が更に遠くに行ってしまって、会える確率は更に低くなってしまって。それでもいつか会えると信じて、僕の想いが叶うのを信じて、雪季のことを想い続けることが僕に出来るのか? ……いや、もう決まってるじゃないか。ここに来る前に決めたではないか。今日想いを伝えられなければ、今日想いを寄せられなかったらーー


 全てを終わらせるって。


「いや、違うよ」

「……そっか」

 これでいいんだ。これで。

 

 ーー

 

「柴崎君! 国公立の結果出たよ!」

「おう! 海未は見たか?」

「まだまだ。健斗君は?」

「僕もまだだよ」

 今日は僕の、そして海未の受験した国立大学の、合格発表の日だ。僕の部屋でパソコンを開き、大学のホームページを見る。そこに合格者の受験番号が公開されるからだ。

 てっきり海未はもう見たものだと思っていたが、僕と一緒に見るためなのか、まだ自分の合否を確認していなかったみたいだ。僕たちは一つのパソコンに頭を寄せ合い、数字が羅列された画面を見つめた。

「あっこの番号、健斗君のじゃない?」

「こっちの番号は海未のじゃないか?」

 僕たちは見つめあったまま固まった。海未の顔が緩んだかと思ったら、彼女は僕の胸に飛び込んでいた。

「おめでとー健斗君! 私たち、春からも一緒だねっ」

「海未こそおめでと。嬉しいのはわかるけどそんなに泣くなって」

「だって嬉しいんだもーん!」

 僕は腕の中で泣く海未の頭に顎を乗せた。彼女の柔らかな髪ざわりを感じ、僕は自然と目を閉じた。


 あの夏、高山に行った日からの僕については、述べる必要もないだろう。僕の隣には雪季と同じくらい……いや、雪季以上にかけがえのない人がいる。それは凄く幸せなことで、後悔はしていない。

 最後にこれだけははっきりと言っておかねばならない。

『エンキョリ片想い・完』

 

 

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