天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

最初で最後の口づけ

「私ね、彼氏できたの!」
 見るからに幸せそうな笑顔で、石田陽美が身を乗り出してくる。鼻先が当たりそうなほどの距離だ。嘘をつけない陽美の屈託ない様子も、近すぎるほどのこの距離感も、いつも通りだ。いつもならそれが当然で心暖まるんだけど、今日は正直、ぎこちなく笑うのが精一杯だ。どうしてこんなに苦しいの? ……ううん。そんなのもうわかってる。今までは陽美のことを、他の子とは一線を画した友達――親友みたいなものだと思ってたけど、どうやら違うみたい。
 私は、陽美が誰よりも好きだ。

 

 ***

 

 陽美との出会いは、高校三年のクラス替えの時だった。同じ学校にいながら、それまで関わりは全くなかった。でも、初めて顔を合わせた始業式の日から、不思議と初対面とは思えないほどの居心地の良さを感じたんだ。後から聞くことには、陽美も同じ気持ちだったみたい。私たちは、あっという間に友達になった。志望する大学が同じだったこともあり、受験勉強をするときも一緒だった。今まで生きてきて色んな子と仲良くなったけど、陽美ほど近しいと感じた子はいなかった。
 思えば高校三年の思い出は、いつも陽美と一緒だった。体育祭では二人で二人三脚に出場し、全校の前で盛大に転んだ。文化祭ではクラス発表のダンスで、二人してセンターを張った。大学受験の日には手を握り合って震えを抑えたし、合格発表の日にはお互いを祝福しながら、強く抱き合った。正直死ぬほど恥ずかしかったり、苦しかったこともあった。でも、陽美と一緒だったから、それらの全てがいい思い出だ。陽美と一緒だったから――。

 

 ***

 

 そして今、大学に入ってから二度目の冬。二人とも成人して以来、初めて外でお酒を飲んでいる。ビールとやらは、陽美は苦くて飲めないって言ってたけど、私はこれ結構好きだ。苦味が身体に染みる感覚が心地よい。このまま酔いつぶれてしまいたいけど、どうやら体質的にアルコールが効きにくいみたいで、全く酔う気配がなかった。逆に陽美は、一杯目を飲み干す前から顔が真っ赤だ。まあ彼氏うんたらなんて報告をしたせいもあるだろうが。顔立ちがはっきりしていて、スラリと伸びる肢体は程よく肉がついていて、美しいという言葉がぴったし当てはまるほどの美人。それでいて裏表がなく、誰にでも屈託のない笑顔を向ける。いかにも男にモテそうなものだけど、今まで一度も陽美の浮いた話を聞いたことはなかった。それもあって気恥ずかしいんだろう。こういった話をするのは。

 陽美のことが、同性だけど、異性の誰よりも好き。恋愛対象として好き。けれど、これは叶わない気持ちなんだ。陽美の、いつも私に見せる屈託ない笑顔だって本物だけど、今の笑顔と比べると見劣りしてしまう。私では、こんな幸せそうな顔にはできない。気持ちを自覚すると同時に失恋するなんて。短い恋だったな。短すぎるよ、もう。
 早々にお酒の回った陽美は、気持ち良さそうに寝息を立てていた。唇にかかった髪を耳にかけてやると、よくわからない寝言を呟いて微笑んだ。その笑顔は、完全に彼氏の話をした時のそれだ。やっぱり私じゃ叶わないんだと、思い知らされる。もう諦めるから、この気持ちをそっと胸にしまうから、最後に一つだけ、願いを叶えてもらってもいいかな。
 腕の隙間から僅かに覗くそれに、そっと自身のそれを触れさせた――。

 

 ごめんね。そしてありがとう。