天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

味のないチョコレート

 三十路が目前に迫っているが、妻なし彼女なしの男がいた。それが俺だ。同じく三十路が目前に迫っているが、夫なし彼氏なしの女がいた。それが今俺にチョコレートを渡している、目の前の女だ。コイツとは高校大学と同じで、住んでる場所も近くて未だ交流がある、腐れ縁みたいなものだ。何だかんだ仲が良かったから昔っから周りにからかわれたのだが、生憎お互い気は合うものの、恋だの愛だのに発展することはなかった。仲の良い異性イコール恋愛対象ではないってことで、よく賛否の別れる男女の友情ってのはあると思う。ソースは俺たちだ。

 ソースといえば、去年はチョコレートソースをふんだんに使ったチョコフォンデュを二人で食べた。俺へのバレンタインというよりは、ただ自分がやりたかったのだろう。そういうのは女友達とやればいいのにとは思うが、俺も甘いものが好きなので断れないし、そもそも断る理由がない。
 去年は盛大なバレンタインだったが、例年はそうでもない。そもそも義理すら貰えない年もあった。そこら辺は完全にその時の気分で作るかどうか決めるらしい。そんな適当で済むから、俺たちの今の関係が結構心地よかったりする。と、思ってたんだけど……


「私たち、結婚しない?」

 貰えた年の中ではわりと控えめなチョコを渡しながら、そう言ってのけた。表情ひとつ変えずに、完全にいつものテンションで。
「何言ってんだお前。婚期を逃しかねない歳になって、血迷ったか?」
 冗談めかして返したが、彼女は首を縦に振った。
「そりゃあ、流石に三十過ぎて独身ってのも……それに、結婚って必ずしも愛情ありきのものでもないかなって思って。そう考えると、私たちって相性抜群だし」
「そりゃあ、恋愛感情のないことを抜きにしたら、お前以上の女に出会える気はしないけど……でもそれなら別に結婚とかしなくても、今のままでいいんじゃないか?」
 これまで無表情だった彼女が、眉間にシワを寄せた。般若みたいという形容が相応な様だが、怖くもなんともない。顔以外は基本的に気弱な女なので、今まで睨む以上のことになった試しがない。
「あのねえ、私たちはよくても、世間は許さないのよ。両親にはしょっちゅうしたくもないお見合いの話を持ってこられるし、周りの友達にも会うたび『いい人はいないの?』みたいな話されるし」
 なるほど。それなら彼女の言い分は一理ある。形だけでも俺と結婚しておけば、そういう厄介とはおさらばできるもんな。
「あとは、孫の顔が見たいとかもね」
 前言撤回だ。
「お前、百歩譲って結婚するとして、子供作る気なのか!? お前とヤるとか無理だって!」
「私も子供は欲しいしね。っていうか、流石にそれは酷くない? 別に私、そこまでスタイル悪いわけでもないよ?」
「良くもないよな」
「えーえーそうですよ。どうせミサちゃんやマスミちゃんみたいなアンタ好みのボンッキュッボンッじゃないですよー。でもそういう文句は私の裸を見てからにしてよね」
 驚いた。自分でも忘れてた過去の想い人を、コイツは覚えてたのか。まあ、共通の知人なのであり得なくもないが。
「嫌だ。見たくない」
「見たら起っちゃうから?」
「起たねえし」
「じゃあ起ったらどうする?」
「そしたら結婚でも子作りでも、何でもしてやるよ!」

 

 俺たちが旧友に結婚の報告をするのは、もう少し後の話。