天狼星の欠片

自作の小説や趣味について雑多に書きます

お菓子と悪戯とパンツと私

「トリックオアトリート!」

 放課後の夕日が差し込む教室に私の声が響く。今ここには私と目の前にいる少女の二人しかいない。
 今日は十月三十一日。ハロウィンだ。ハロウィンといったら悪戯だ。悪戯といったら――。
「さあ愛依、諦めてパンツを見せるんだ」
 壁際に追い詰められてなお、反抗的な目を向ける私の可愛い親友。女子の中でも小柄な部類に入る愛依が、標準より大きいくらいの私に敵うわけないのに。私が手を伸ばすと、愛依は両手でスカートを押さえて首を振った。毛先が肩に触れるたび、滑らかな黒髪が乱れる。そんな光景はむしろクルものがあるのだけど……仕方ない。そこまで愛依が嫌がるのなら――。
「ひゃっ! ちょっと裕ちゃん……やっ」
 スカートに伸ばしかけた手を、小ぶりながら弾力のある愛依の胸に向ける。揉みしだくと愛依はこうして初々しい声をあげてくれる。可愛い。毎日こうしてるのに全然慣れない愛依本当可愛い。ただ揉むだけじゃ愛依も飽きちゃうだろうし、時に強く、時に撫でるようにほぐしていく。もっと愛依の柔らかさを堪能したくなって、ブレザーの上着を肩から抜き、シャツのボタンを上から三つほど外す。そこでやっと愛依の手が胸を隠すために上がってきたので、すかさず捕まえ、片手で両手首を頭の上に押さえ込んだ。空いた右手をキャミソールの中に差し込み、ブラジャーの上から揉みしだく。存在を主張するように尖った先端をつまみ上げると、甘い声と共に愛依の身体から力が抜ける。これはチャンス! キャミソールから手を抜き、もう一度スカートへと手を伸ばして――。

「それはダメー!」
「ぐはっ」
 愛依の容赦ない蹴りが脛に炸裂し、私は思わずうずくまった。と、視界がぐらりと揺れた。気がつくと眼前には蛍光灯と、上から覗き込んでくる愛依の顔が。愛依の顔が赤く見えるのが夕日の所以なのか、興奮しているのかはわからない。私としては後者の方が好ましいが。
「ねえ裕ちゃん。トリックオアトリートってどういう意味か知ってる?」
 私の肩を両手で掴んだ愛依が、ジッと私の目を見つめる。ちょっと待ってこの状況……愛依に押し倒されてる!? やだ興奮してきた。
「裕ちゃん?」
 愛依が満面の笑みで私を見てる。……目以外は。これは怖い、かな。流石に。
「えっと、トリックオアトリート? 悪戯させろって意味だよな」
「……本気で言ってる?」
「もちろ……いやいや冗談です本当にすみません愛依様!」
 愛依の頬がひくつくのを見て思わずそう言った。というかどうしよう。悶える愛依なら毎日のように見てるけど、怒る愛依なんて初めて見る。
「だよねー。というわけで、はい。これでもう悪戯出来ないね」
 愛依の手に握られたマシュマロが私の口に迫る。愛依の白い指と相まって綺麗……ってちっがう。これ食べちゃったら悪戯出来ないじゃん! 愛依のパンツ滅多に見れないから貴重なのに。
「ほら、口開けて?」
「んー!」
 嫌だ。愛依が私の為にお菓子を用意してくれたのは嬉しいし、愛依にあーんして貰えるなんて至福の極み。なんだけど、やっぱり嫌だ。今日こそはハロウィンのノリでパンツを見て、隙あらばその先も――って思ってたのに。それなのに。
「しょうがないなあ。ん」
 よっぽどパンツを見せたくないのか、愛依はマシュマロを咥えて顔を近づけてくる。白い肌を真っ赤に染めて。ちょっと愛依。私たち、キスまだなんだよ。それなのに愛依から……だなんて。大胆すぎるよ。もうパンツなんてどうでもよくなっちゃうほど頭の中愛依の唇のことで頭いっぱいだよ。もう――。

 マシュマロが私の口をこじ開け、愛依が舌で押し込んでくる。あと一センチでも近づけば唇が触れてしまう。いや、触れられる! 僅かに頭を起こし、その一センチを埋める。
「んっ……」
 甘い香りが、甘い吐息が口の中を満たす。マシュマロと共に入ってきた愛依の舌に、自分の舌を絡める。愛依は嫌がるどころか、積極的に唇を押し付けてくる。キスってこんなにも甘いものなんだ。思わず息を呑むと、愛依が紅潮した顔を離した。お互いの唇から引いた唾液がプツンと切れる。私の理性も一緒くたに切れてしまったような気がした。
「愛依……っ」
 けど、私の肩は依然として強く抑えられている。動けない私を見下ろす愛依は、今までの責められてばかりの愛依とは違う、強く妖艶な笑みを浮かべていた。どうやら私は、愛依の中に秘められた何かを開放してしまったようだ。これから私の受ける仕打ちを考えて……うん、悪くない。それはそれでイイ。

「裕ちゃん。裕ちゃんはお菓子くれないの? くれないなら……こっちのお菓子を戴きます」
 愛依の手がスカートの中に伸び、私の大事なところをつつかれる。布一枚越しとはいえ、自分で触るのとは訳違う感覚に、自然と声が漏れてしまう。これって、いつもとは完全に立場逆転だよね。でもむしろこの方がイイって思っちゃってる私も、何かに目覚めちゃったのかなあ? ううん今はそんなことどうでもいい。どうでもいいと思えちゃうほど、愛依の責めが、激しくてえ……っ!
「んあっ。愛依っ。そこだめえ……っ。んっ?」
 愛依の手には青と赤の縞模様のパンツが握られている。って、それ私のパンツ! いつの間に脱がされてたの!? そういえば確かに下半身がスースーする。体験ことのない快感に、パンツの有無まで意識から飛んでいってしまうなんて。愛依って――。
「うまいね」
「何が?」
 私の足の間に屈んだ愛依が、キョトンとした様子で首を傾げた。うん、こういう無垢な表情は愛依らしい。愛依だけに愛らしい。なんてね。
「その、悦ばせるのが」
 興奮とは違う赤みを浮かべた愛依の顔は、私のスカートの中に消えてしまった。
「裕ちゃんがいつもやってくるから身体が覚えちゃってるだけだから。こんな日が来るかもって思って勉強してたわけじゃないから」
 愛依らしい可愛い物言いに、いつもなら微笑ましく思うんだけど。そこで喋られたら吐息がもろに当たって、漏れそうになる声を抑えるのに精一杯……な、のっ!
「ひうっ!」
 溝に沿って舌ですくい上げられて、ついに声が漏れてしまう。一度出てしまうと、もう全て抑えられなくなってしまった。容赦なく責められ、私も身体の全てを快感に委ねる。だんだん頭が真っ白になっていく中で、ある一つの単語だけが意識に逆行して浮かび上がってくる。

 ……っ。……つ。……んつ。……ぱんつ。パンツ!

「きゃっ」
 驚いた愛依の声で我に帰ってみると、いつの間にか形勢逆転していて、私の腕の下に愛依がいた。驚いて動けないでいる愛依を離すと、勢いよくスカートをめくり上げた。
「っ……これは!」
「え……ひゃあああっ!」
 うん。これは私も予想外だよ。愛依が必死になって隠すのも分かる気がするよ。うんうん。……まさか制服のスカートの下にふんどしを履いてるだなんて。そんな女子校生日本中探しても愛依以外いない気がする。いや、絶対いないでしょ。
「ああああのね、これはそのたまたまでね。パンツが全部洗濯されちゃったから、仕方なくというか」
「いや、そもそも何でふんどしなんて持ってるんだよ」
「えっと……趣味?」

 はい確定! 愛依がど変態なの確定! 私が言えるようなことじゃないかもだけど、とにかく確定!
「あのっ裕ちゃん。人に受け入れられるような趣味じゃないことは重々自覚してるんだけど、その、引かないでね?」
 愛依がパンツ――もとい、ふんどしを隠すのも忘れて身を乗り出してくる。必死な愛依可愛いなあ。興奮はするけど引くことは絶対ないってのに。
「愛依は今までも、スカートの下はふんどしだったりしたのか?」
「ふえっ!? ううん、学校に履いてきたのは初めてだよ。いつもは家で履いてるだけで。……あっ」
 自分でどんどん暴露しちゃって照れてる愛依可愛い。
「ふぅん」
「ごめんなさい。もう履かないから、だから引かないで。裕ちゃんに見捨てられたら私……」
「なあ愛依。私、ふんどしを間近で見るのって初めてなんだよね。その、もっとよく見せてくれないかな?」
 愛依の顔が、誰から見ても明らかなほど、ぱあっと光り輝いた。そんなに私に引かれるのを怖がってたなんて。私はいつでも愛依に惹かれてるんだよっ!
「へええ、確かにパンツと違って締め付けられないし、気持ちよさそうだねえ」
 そう言いながら腰に手を回し、後ろの紐を解いてやる。
「うん。気持ちいいんだけど、スカートだとスースーして心元なくて、でも癖になりそうだったよ」
 必死になって大事なところを隠そうとする愛依の手をそっと剥がす。思ってたとおり、綺麗だな。ソコ。
「ダメだって裕ちゃん。忘れてるかもしれないけど、ここ教室だよ?」
「さっき散々私のを舐めてた人には言われたくないなー」
「うっ……それは」
 どうやらスイッチが切れてしまったらしく、いつもの恥ずかしがり屋の愛依に戻っている。さっきの妖艶な愛依もいいけど、やっぱりこれこそが愛依だよね。
「じゃあさっきのお返し――いや、もっと気持ちよくしてあげるねっ」

 露わになった愛依のソレに顔を近づけ、美味しそうな愛依の味を堪能する。愛依の口から、初々しいだけではない、艶やかな声が漏れる。やば、これ止められないよ。
「裕ちゃ……そろそろこれくらいに……んっ……もう限界なのおおおおおっ!」
 愛依の身体が激しく痙攣したと思ったら、全身の力が抜けてしまったかのようにぐったりとしてしまった。これって、まさか――。
「愛依、もしかして……イった?」
 両手で股を押さえてそっぽを向く愛依が、真っ赤な顔を微かに縦に振った。可愛い。本当どんな愛依も死ぬほど可愛い。
「もう、裕ちゃんのばか」
 愛依がそっぽを向いたまま、そっと囁いた。もう、今日の愛依はどれだけ私を悶えさせたら気が済むの。
「ふふふ、愛依はほんっとうに可愛いなあ。もう食べちゃいたい――あっ」
「これ以上は本当にダメだって――へっ?」

 愛依の向こう、入口に佇む彼女と目が合ってしまった。一瞬遅れて愛依も気づく。
「……」
「……」
「……」
「「ちょっといつからいたの!?」」
 彼女――同じクラスの優等生、美咲は、頬を赤らめながらメガネをクイッと正した。
「そ、そんなのどうだっていいでしょう! そんなことより、貴女たちこんなところで何やってるんですか。不潔ですよ!」
 美咲の言葉に反論する余地がなくて、私たちはバツの悪い顔をするしかなかった。
「えっと、ハッピーハロウィン?」
「そーだねー。ちょっとした悪戯?」
「貴女たちにとって乳繰り合ったりキスしたりあんなところを舐め合うのはちょっとした悪戯なんですか!?」
 美咲が茹でダコみたいに顔を真っ赤にしてまくし立てる。
「なんか、はっきり言われると恥ずかしいね」
「だねえ。っていうか美咲ちゃん、だいぶ前から見てたんだねえ」
「ななな何を言ってるんですか! 美咲は口移しでマシュマロを食べているところなんて見てないですよっ!」
 うん。盛大に墓穴掘ったな。美咲って、真面目で人を寄せ付けないところがあって今まであまり喋ったことなかったけど、もしかしてかなりアホの子なんじゃないの? ふふふ、弄りがいがあるね。

「愛依、立てる?」
「当然。裕ちゃんの考えそうなことは大体わかるからね。協力するよ」
 二人で美咲を挟み込むように、ジリジリと距離を詰める。
「ちょっと貴女たち、何をする気なの!?」
 美咲が怯えて後ずさる度、彼女の豊満な胸がぷるりと揺れる。よく見ると美咲って、かなり胸大きい。愛依の小ぶりな胸もいいけど、巨乳もたまんないね。揉みほぐしたいね。吸いつきたいね。
「行くよ愛依っ!」
「了解っ!」
「ちょっ、何を……きゃああっ!」
 両側から一気に突っ込み、美咲を押し倒す。これで美咲の自由を奪ったも同然! さあ、私の、私たちの悪戯はここからが本番よ!

「「トリックオアトリート!」」

孤島の伝聞

 海の果ての果てに、一つの大きな島がある。そこでは我々の世界からの干渉が一切無い、独自の世界が存在していると言い伝えられている。
 ある人は「一面穀物が耕されている、農業が盛んな島だ」と言い、またある人は「険しい山脈が連なり、山の裾には広大な草原に敷き詰められる、自然豊かな島だ」と言う。更には「巨大な城と石造りの活気溢れる城下町が広がる、都市型の島だ」と言う人もいる。これらの全てが正しく、全てが間違いである。何しろ、我々の中でこの島を見た者は一人もいないのである。海の最果てに行く手段を持たない我々には、島が本当に存在するのかを確かめる術すらない。

 であるからして、これから語られる孤島の話は、全てが真実で、全てが嘘である。そのことを踏まえた上で、この未開の地へ踏み込んでいただきたい。

 

 ***

 

 温暖な森の中で産まれ育った、一人の少年がいた。彼は至って平凡で、集落の仲間たちと共に果実を収穫し、美味しいワインを作っていた。集落の中で結婚し、子供を作り、ワイン造りに勤しむ彼らにとって普通の人生を送ると思っていた。十五歳の誕生日までは。
 十五歳。この集落では、(また彼らは知りえなかったが、この島全てにおいては)成人になったことを意味する。そのため、この集落では十五歳の誕生日を迎えた少年少女を、集落中の皆で祝う。少年少女は、人生最初のワインと共に大人の仲間入りを果たし、一晩飲み明かす。彼もまた、誕生日を迎えるにあたり祝宴が開かれ、幼馴染で二月先に大人になった少女の注ぐワインを飲んだことをきっかけに大人になった。そして、大人になると同時に彼は、気を失った。

 ふと気づいた時には、彼は炎の中にいた。炎に包まれながらも、不思議と熱くはなかった。まるで、炎が自分自身であるかのように。
「目を覚ましたか、豊穣の民よ」
 炎以外何もないそこに、一つの声があった。それは男のようであり、女のようであり、若いようで年老いているような、何とも形容しがたい声だった。
「あなたは一体……それにここは何なんだ。この不思議な炎は」
 少年が問うと、声が笑った。
「一度に何もかも問うでない。最も、今まで皆そなたと同じような反応であったし、恥ずることはない。私もまた、皆と同じように、一つ一つ答えるのみ」
 少年は固唾を飲んだ。相変わらず視界は炎で包まれていて声の主を見ることはできないが、不思議と恐怖は感じなかった。
「まず、私が何者であるか。これはそなたも、またこの島の誰もが知っておる。そなたたちの言う『神』と呼ばれる者、それが私だ。そしてここは私の住まいにしてこの島の生命の源、火山の中じゃ。そしてその炎は、そなたじゃ。そなたは今日から炎を使役する魔法使いなのじゃ。最も、厳密にはそなたが生を得たその瞬間から決まっていたのだが」
 少年は、衝撃の連続で混乱していた。多くの疑問を投げかけたが、疑問の全てに一度に答えられると、混乱するのは当然である。何しろ、彼にとっては非日常の連続なのだから。それでも彼は、多くの事実から一つの疑問を生み出すことができた。
「それで、神様。魔法使いとはどのようなものなのでしょうか」
 少年のその疑問に、声は大きく驚いた。
「何と、そなたは神と魔法使いのことを知らないというのか!? 今まで石の民も森の民も草原の民も、もちろん豊穣の民も、魔法使いのことを知らぬ者はいなかったというのに。いやはや何ということだ」
「申し訳ございません。神のことはもちろん知っていましたが、魔法使いのことは全く。何しろ私たちの集落にそのような者は一人もいませんし、他の集落とはほとんど交流がなかったものでして」
 少年は訳が分からなかったが、謝る他に何もできなかった。
「うむ、事情はわかった。私はそなたに対して怒っていない。思えば、そなたの集落から魔法使いを選出したのは、五百年前が最後だった。五百年そのことが伝承し続けてなく、他と交流がなかったとなると知らないのは当然。しかしそうなると、魔法使いについて一から説明した方が良さそうじゃな」
「お手数お掛けしてしまって――」
「気にせんでよいぞ。私もたまには誰かとゆっくり話してみたいからな。では、魔法使いとは何か。それを説明するためには、まずこの島の起源から話した方が良さそうじゃの」
 声によって語られる島の起源は、一万年ほど前に遡る。

 

 約一万年前ほど前、現生人類はこの頃発生したとされている。そして、神という概念もこの頃生まれた。概念はやがて形を持ち、真に人類を、世界を管理するようになった。神は様々な物に宿った。その中でも、海の果ての僻地に一つの海底火山があった。そこに宿る神が、現在の孤島を管理する神である。その神がひっそりと暮らす海域に、四人の人間が漂流してきた。孤島の神が初めて人間と出会った瞬間であった。人間に興味を持った神は、火山の噴火の力で周りの土地を押し上げ、陸地を作った。溶岩流が人間を避けるようにすることなど、神にとっては造作のないことだった。やがて目を覚ました四人は、神に感謝し、自分たちの力を神に捧げることを誓った。四人はそれぞれ、炎、水、土、草を自在に生み出し、操ることができた。そして、四人が力を合わせることで、神周辺の陸地程度なら気候を操作することもできた。そうして、神と四人の人間によって、少しずつ島を広げ、様々な気候を作り、個性豊かな土地を作った。このとき既に、現在の孤島とほとんど遜色のないほどの完成度だった。三つの山脈と一つの地溝、島西方の砂漠と沼地。後からできたのはそれだけである。
 四人は、神に自分たち人間の話をした。神も、人間の話を聞きたがった。自分と対等に会話ができる生命体は、人間の他にいなかったのだから。四人は、かつて巨大な大陸で暮らしていたが、巨大な国家に民族ごと滅ぼされた。彼らのように魔法を使えるのは人間でもごくわずかで、その力を国家が恐れた。魔法は、彼らの民族が大陸の神から授かったものだ。そういったことを、彼らは話した。この島に永住することを決意した四人はやがて、子孫を作った。そして、四人は年老いたとき、魔力を神に預けた。魔力は決して遺伝することなく、神によって授けられるのみ。四人亡き後、魔法使いがいなくなってしまうことを恐れたのだ。神が多くいた大陸では少数民族全員に魔力を与えることなど造作がないが、この島の神は唯一だった。四人から魔力を預かった神は、四人の人間を魔法使いにするので精一杯だった。そうして、神は代々四人の魔法使いを生み出し、四人に熱帯雨林が広がる北西、果てしなく豊かな草原の続く北東、果実の実る木々や豊かな田楽の広がる南西、鉱物に溢れた南東の四つのエリアを管理させた――

 

「これがこの島の起源、そして魔法使いとは何かの答えじゃ。そなた達豊穣の民は他よりも一集落毎の細分化が起こっている故自分たちの集落しか知らないということもあるようじゃが、ここはもっともっと大きな島なのじゃよ」
 少年にとって、島の話はあまりに大きかった。集落の外を知らない少年は、ここが島だということすら知らなかったし、そもそも海というものの存在すら知らない。それでも、自分たちの住むこの場所には果てがあって、自分たちの知らない様々な場所があることは理解した。
「なるほど、魔法使いとは何かはわかりました。しかし、そうなると疑問が一つ残ります。なぜ僕が炎の魔法使いなのでしょうか。草や土、水ならわかります。作物を育てるのに大いに役立てます。しかし炎は、作物を滅ぼす厄介者ではないでしょうか。僕たちを豊穣の民と呼んだじゃないですか。豊穣の民にとって炎など、いらないものなのです。なぜ、炎なのでしょうか」
 少年の問いに、声は再び驚いた。炎は四つの魔法の中でも一番強大で、むしろ一番人気な魔法だというのに。炎は身体を暖め、肉を焼き、人類の進化の礎であったというのに。この火山の、この島の原動力だって炎だというのに。
「炎の魔法を授けられてそのような反応をするのはそなたが初めてじゃ。つくづく面白い少年じゃ」
 少年は声の反応に困惑した。自分たちの常識が常識でないことに困惑した。
「四つの魔法のどれを授けるかは、魔法使いとなる者が産まれた時点で決まっておる。どうやって決まるかは、正直私にもよくわからん。どうも本人の適正によって決定づけられるようじゃがな。だから、他の魔法使いとタイプが被ることもしょっちゅうじゃ。むしろ四人全てばらけていたことの方が稀じゃ。ちなみに言うておくと、今現在はそなたの他にもう一人、炎の魔法使いがおる。鉱物の町に住んでおるから、そなたが集落を出れば会う機会もあるやもしれん」
 少年は、声の言うことは理解できた。理解できたが、わからなかった。この方十五年、炎とは無縁の生活を送ってきたし、特別炎に惹かれるようなこともなかった。それなのになぜ、自分に炎の適正があったのか、わからなかった。
「私がそなたに言いたいことは全て言った。そなたに聞きたいことがないのなら戻ってもらうが、良いか。一度戻ってしまうと、再びここに来るのは骨が折れるぞ」
「骨が折れる、とは」
「四人の魔法使いに限っては私と会話できるが、そのためにはこの火山の麓まで来なくてはならない。そこで魔法を使うことで、こうして会話ができる。それ以外でこうして会話できるのは、魔法使いを任命するこの瞬間のみじゃ。例外として島全体に関わる有事があれば会話するが、まあそんなことはこの一万年ほどで一度としてなかった。無いものとして思ってもらって差し支えないじゃろう」
 少年は思案したが、訊きたいことも、やりたいこともなかった。
「特に何も。そうなると、僕はこの火山とやらから集落まで戻らなくてはならないのですか」
「いやいや、そんな酷なことはせん。目を覚ませば、そこはそなたの集落じゃ。皆心配しておるようじゃし、それじゃあ戻すとするかね」
 声がそう言うと同時に少年の意識は急速に飛び、そして目を開くとそこは確かに彼の集落だった。心配そうに覗き込む多くの顔。その中の一つ、幼馴染の少女は、真っ赤な目で涙を流していた。
「よかった、目を覚まして……ワインを煽ったと思ったら倒れるものだから、心配したんだからね!」
「悪かったな。もう大丈夫だから」
 少年が髪を優しく撫でると、少女は嬉しそうに目を細めた。

 少年が倒れたことで一時騒然としたが、無事とわかると再び宴は再開された。少年は魔法使いについて、また他の集落について大人に訊いてみたい気持ちもあったが、炎の力を持っていると知られて疎まれるのが怖くて、結局誰にも言い出せなかった。

 

 少年が力を授かってから、五年の月日が過ぎた。あれから練習程度にこっそり炎を出したことはあるが、日常生活において魔法を使うことは一度としてなかった。だが、炎を使わずとも、妻子に恵まれ、作物は毎年豊作に恵まれ、不自由ない生活を送っていた。
「あ、お帰りー。ご飯できてるよ」
「パパおつかれー」
「お疲れ様です、父さん」
「私もお母さんと一緒にご飯作ったんだよ」
 収穫を終えて帰ると、かつての幼馴染である妻に、一男二女の子供が笑顔で出迎えてくれる。そんな幸せの絶頂にいながら、少年は魔法のことが胸につっかえたまま、取れることはなかった。明日なのか、来年なのか、はたまた十年後なのかはわからないが、いつか炎の魔法を使わなくてはならない日が訪れる。そんな予感がしてならなかったのだ。
 そして、その予感は今日的中することとなる。

「緊急事態だ! 東の方から甲冑来た兵隊さんが来てるぞ! 皆広場に一塊になるんだ!!」
「動ける男は桑でもなんでもいい、戦える準備をして女子供を守るぞ!」
 突如怒声が上がり、外が騒然とする。少年一家も例に漏れず、身一つで広場へと走った。少年は、自分の運命を悟った。この力で、家族を、集落を守るんだ。何と引き換えにしてでも。そう意気込んだ。
 広場に着くと、妻の肩を強く掴んだ。
「子供たちを任せたぞ」
「ええ、勿論。あなたも気をつけて」
「……そうだな。強く生きるんだぞ」
「えっ……」
 何か言いたげな妻から目を逸らし、少年は走った。誰よりも速く走った。そうして、集落の東端、石の街や地溝まで見渡せる櫓に登った。兵は既に地溝を渡す唯一の大橋へと差し掛かっていた。少年の集落は、島の南西エリアを占める豊穣の地の中でも東端、つまりは地溝のすぐ西方に位置している。少年は大人になってから知ったが、比較的南東の石街と近いここの集落では、作物と石の物々交換で交易が成り立っていた。しかし、今はその石の街から侵略を受けようとしている。兵力に大差があり、橋を渡られたら集落が陥落するも同然。少年は覚悟を決めて、櫓から飛び降りた。そして、力を込めて、最大出力で後方に炎を噴射した。
 炎による推力で、少年は鳥よりも速く飛んだ。炎をまともに使ったことのない少年は、炎で空を飛べることを知らなかった。知らなかったが、不思議と身体が勝手に動いた。代々受け継がれる魔法に、記憶の断片でも混じっているのかもしれない。しかしそんなことは、今の少年に考える余地はなかった。
 数秒のちには、少年は橋の左端へと到達していた。突然の登場に一瞬兵の足が緩んだが、少年一人だけとわかると、むしろ勢いづいて突撃してきた。そんな兵に向かって、少年は炎をぶつける――

「ふっふっふ、そちらに炎使いがいることなど承知しとるわい。私の前では無力だがな」
 小柄ながら底知れぬ力に溢れていそうな少女。彼女の手から噴き出た水によって、少年は炎もろとも吹き飛ばされていた。それでも、少年は立ち上がる。
「お前が誰だろうと関係ない。俺の家族を、俺たちの集落に手を出す奴は、一人残らず燃やす! 何に変えても!!」
 少女は笑う。射るような目で声だけで笑う。
「勇ましいねえ。ところで、この水はあくまで魔法なんだ。つまり、こんな使い方もできるのだよ。それっ」
 水が塊となって、少年を包んだ。そして、少年が炎を出すより早く、水ごと橋の下へと落とした。
「さて、お邪魔虫がいなくなったところで、豊穣の地を奪いに行くかの」
 水の少女ら石の民の目的。それは、豊穣の地を強奪することで、対等な交易ではなく、自らの支配下に置くことだった。
 実は、この島でもかつて一度だけ戦争が起こった。島の民の半数以上が息絶える泥沼となり、怒った神によって四つのエリアは山脈や地溝によって寸断された。その後人々は、山越えの技術を手に入れ、洞窟を掘り、橋を架けることなど、進化し、細々と交流を再開してきた。二度と戦争をしないと、心に誓って。
 しかし、戦争を知る世代はもういない。

 少年は地溝の底に転落し、石の民の勝利は確実。誰もがそう思った。しかし、少年は諦めていなかった。魂をも燃やすほどの炎で水を振りほどき、橋まで再び飛んだ。そのまま勢いを殺すことなく、橋に突っ込んだ。橋は真ん中から粉砕し、木製の橋はあっという間に延焼が広がった。少女の身体は少年の特攻をモロに喰らったことでズタズタに焼き爛れ、水をもってしても再起不能だったが、意識はギリギリ保たれていた。しかし、火を消したり、橋を補うだけの水を出す力は残っていなかった。最後の力を振り絞って自分の灼熱の身体に水を纏おうとしたが、すぐに蒸発してしまった。そして、水を飲み込んでしまったために火傷が一斉に腫れ上がり、更なる苦痛に叫ぶことすらできずに息絶えた。水の魔女を失った兵は、成す術なく地溝へ転落した。
 不思議なことに、炎は橋以外に延焼することはなかった。そして、その後の少年を見た者はいない――

 

 ***

 

 以上が、少年の物語の全てである。
 後日談として、少年の勇気と再び戦争が起こってしまったことに神は泣き、その涙が地溝を流れてあわや溢れるところだったという。そして、以降二度と地溝に架ける橋は作られなかったという。

 勿論、始めに言ったように、これまでの孤島の話は全てが真実で、全てが嘘である。炎使いの少年が本当に存在していて、本当に戦争が起こったのか? 豊穣の地や石の街は――そもそも孤島は、本当に存在しているのか?
 その答えは、この物語を読んだあなたの中にあるでしょう。


 おしまい

瀑布

 僕は山歩きが趣味だ。虫や鳥の鳴き声が奏でる自然の交響曲を聴きながら、一人黙々と歩く。これこそ都市化の進んだ日本における、貴重で贅沢な時間だと思っている。だから大概、富士山や高尾山のような有名どころの山よりも、地域の自然歩道のような地元の人しか知らないような場所を好んで歩く。
 今日もまた、全国的に名の知られていない自然歩道を歩いている。県境の尾根沿いに歩く、全長二十キロメートルほどの寂れた自然歩道である。自然歩道と名はついているものの、忘れたころに現れる案内看板がなければ、完全に獣道である。随所に断崖絶壁も存在し、自分が登ってきた標高を意識するとともに、滑落のリスクが脳裏を過ぎり、背筋を冷たい汗が伝った。しかし、それ以上により身近に自然を感じられる喜びが大きく、半分自然に帰った道にテンションが上がっていた。
 四本持ってきたペットボトルのうち一本半分の水分を摂取したあたりで、地面が湿気を帯び始めた。一瞬自分の手持ちの水分が漏れていることを疑ったが、全て無事である。ということは、近くに沢でもあるのかも。丁度汗を流したいと思っていたところなので、タイミングの良さに足取りが軽くなった。しかし、一向に水量が増える気配がない。むしろ乾いてきたんじゃないかと思ったときに、道を横切る形で沢が流れているのを見つけた。いや、沢というと語弊があるかもしれない。今までの道と同じく若干湿っている程度の、だが水が流れて土壌が削れた形跡でしかなかったのだ。雨が降った後などは水が流れるのかもしれないが、普段はずっとこの調子なのだろう。その証拠に、自然歩道が沢を越えるというのに橋はおろか飛び石すらない。落胆ついでに小休止を挟んで、沢が続いているであろう下流や、今来た道、これから登る道や、沢の上流を観察した。てっきり今までの道で地面に染みた水は沢から流れたものと思っていたので、上の道も湿っていることに驚いた。もしかしたら、上に更に沢があるのかもしれない。大分登ってきたとはいえ、まだまだ森林を抜けた訳ではない。上に沢が控えていてもおかしくない。そう考えたら休んでいるのが勿体なく感じて、再び山頂を目指して歩を進めた。
 しばらく歩いていると、土壌の水分量が更に増え、小石混じりの砂から岩場へと変化していった。岩場へと変化する一方水量は増えるので、まるで沢の中を歩いているかのような錯覚に陥る。道を間違えたかと不安になったが、足首まで浸かったあたりで沢の右岸に人の手が加えられている道が現れた。これまでの自然歩道と同じく半分自然に帰った道だが、だからこそ迷子になっていないと安堵した。
 しばらく沢沿いに登ると、更に水量が増え、気づけば十センチメートルほどの水深がある。これ幸いと手で掬って、顔を洗った。かなり気温の上がった空気をものともせず、冷たくて気持いい。上流に目をやると、沢と自然歩道が並走したまま急峻な登りが控えている。思わず重くなる足を沢の源泉が見れるかもという期待で押し殺し、三度歩を進めた。
 険しい登りは、百メートルほどで終わりを迎えた。開けた景色を目の前にして、僕は思わず息を飲んだ。そこには、これまで見た山中の風景の全てを凌駕する異質さが広がっていた。まず、沢の上にそびえ立つ古びた鳥居。そして、鳥居の股を抜けて更に先に、二メートルほどの岩場の上から流れる小さな滝。どちらも、こんな山の上には存在しえないはずである。そして、もう一つ戦慄させられることがある。今まで歩いてきた自然歩道が、岩場に正面からぶち当たって消滅してしまっているのだ。事前に調べた情報では、自然歩道を道なりに登れば森が開け、尾根沿いに進む見晴らしの良い道があるはず。途切れているなんて……落石によって道が塞がれたか、あるいは道を間違えたか。とはいえ、落石ならばこんな滝が形成されるとは考えにくい。そして、岩場の頂点にはどうやって水を蓄えているのか。ここまできたら、水源を見てみたい。岩場は高くなく、掴まれば何とか登れそうだったため、足を踏み外さないよう気をつけながらよじ登った。岩場の上に登り切るのはすぐだった。そこには、小さな先客がいた。
「こんにちは。いやあ、まさかこんな隠れた名所があるだなんてビックリですよ。お嬢さんは地元の方で?」
 白いワンピースを身に纏った少女が、ゆっくりと振り返った。少女の顔を正面から見て、思わずドキリとした。出来心ではなく、恐怖心で。整った目鼻立ちで、圧倒されるほどの美少女である。だが、そこに表情はなかった。能面のような顔からは一切の感情が読み取れないが、圧倒的な恐怖に全身の鳥肌が立った。
「ええ、まあ。ところで、見たいものがあるんじゃなくて?」
 水のように爽やかで本来聴き心地のいい声なはずだ。だが、棒読みというわけではないが、声からも一切の感情を感じない。それがまた恐怖を加速させるが、水源を見るという本来の目的を思い出し、水を探した。そこで初めて気づいた。岩場の上は真っさらに乾燥している。慌てて岩場の下を見ようと身を乗り出して、更に恐怖を突き付けられることになる。二メートル程度の岩場だったはずが、遥か下方に森林を見下ろす断崖絶壁となっていた。そういえば、いつの間にか周りに木が一切生えていない。
「ふふふふふふ」
 思わず振り返ると、少女が口を抑えて笑っている。いや、笑い声を出している。目は無表情のままだし、笑い声は無機質だ。そもそも、何故年端のいかない少女が一人っきりでこんなところにいるのか。地元民だとしても、こんな険しい山に一人で、ましてや白いワンピースで登ってくるなんて。コイツは、何者だ? 生きている人間なのか、それとも――
「ふふふふふふ」
 少女はなおも笑う。この状況を何とかしたい反面、何故か笑いを止めてはいけない気がして、金縛りにあったように身体を動かすことができなかった。
「ふふふふふふ」
 相も変わらず笑う。しかし、段々笑い声に重なるように、別の音が響いた。つい最近聞いたことのあるような、このお腹に響く重低音。まるで、水がぶつかるような――
 気づくと、僕の周りは水に囲まれていた。そして、あまりに長すぎる浮遊感。滝から落ちたのか? それにしてはいつまでも滝つぼに辿り着かない。二メートル程度の滝だったはず。いや、岩場は数十メートルもの高さの断崖絶壁だったはず。いやいや、岩場を登るのに一分とかからなかったはず。いやいやいや……考えても答えが出ないや。そう悟った瞬間、背中に衝撃が走った。周りを覆っていたはずの水は消滅し、俺は全く濡れた形跡がなかった。背中もちょっと転んだ程度の痛みで、問題なく動けそうだ。
 辺りを見渡すと、自然歩道と枯れた沢が交差している、見知った光景が広がっていた。どういったカラクリかはわからないが、とりあえずここで道を間違えて、沢を登ってしまったらしい。ドッと疲れてしまったので、今日はもう下山してしまおう。そう思って、下りの道へと歩を進めた。
 相変わらず、半分自然に帰ったような、獣道のような寂れた自然歩道だ。ずっと同じような光景だが、反対方向に歩いているからか、見たことない風景のようにも感じた。色んな山を歩いているとわかるが、同じような道に同じような木々でも、若干の違いがあるものだ。そういえば、行きに聴こえた虫や鳥の鳴き声が聴こえないな。そして、いつまでも地面が湿っている。それらに気づいた刹那、踏み出した右足が宙を切った。
「ふふふふふ」